多くの人が若いころより1年が早く感じるはずである。
実際そうした会話をよく耳にする。

ではなぜ早く感じるのか?

1年は365日で、1日は24時間であることは生まれてこのかた変わっていない。

しかし、なぜそう感じるかを深く考えたことがあるだろうか?

考えたところで、1年が長く感じるわけでもないし長生きできるわけでもないので、ほとんどの人が考えたことはないだろう。

そこで今回は、時間は不変なのに、なぜ、「年々早く感じるのか」に(屁?)理屈をつけてみる。


最初に、時間は目に見えないし分かりにくいので、お金で考える。

まず、あなたの全財産が1万円だと仮定する。
その場合、1万円の商品を購入するとしたら一大決心が必要となる。
つまり、1万円使ってしまえば無一文になるわけで、1万円はあなたにとって非常に大きな金額であることになる。

同様にあなたの全財産が20万円だった場合を想像したらどうだろうか?
1万円の商品を購入する際の決心は、全財産が1万円の時よりはかなり気楽になるだろう。
つまり、あなたにとって1万円の感覚的な価値観が全財産が1万円の時より低くなったことになる。

仮に全財産が100万円あるとすれば、さらに1万円の商品を購入する際の気持ちは楽になるのは明らかである。

つまり、自分が持っている財産によって、あなたにとっての1万円の価値観は変わることになる。
しかし、実際に1万円で買えるものが変わるわけではなく、絶対的な価値は何ら変わっていないのである。


時間の経過も同じことで、1歳にとっての1年はそれが全てであり長いとか短いと考える基準が存在しない。

20歳の人にとっては20年生きてきた中の1年、100歳の人にとっては100年生きた中の1年なのである。

したがって、お金で考えた場合と同様に1年あたりの感覚的な価値観は、自分が生きた年数により変わるのは当然で、多くの人が年を取るごとに一年を早く感じるのは、時間の基準が長くなるため1年の感覚的な長さが短くなることが原因なのである。


このことは、特に何の根拠もないので異論は多いと思うが、こうした事に(屁?)理屈をつけることは、発想力を鍛えたり、物事を論理的に考えるトレーニングにもなるのでお勧めである。